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光丘高等学校設立の経緯

 本校は、練馬区をはじめとする地元の方々の熱望に応え、昭和51年4月に世田谷工業高校の仮校舎で開校し同年11月26日から現在の地で、授業を開始するようになりました。都内公立中学校卒業者数の増加を踏まえ、本校と同じ昭和51年には、他に4校が新設校として開設されました。その後、昭和61年を境に都内公立中学校 卒業者数が減少に転じたことや社会の多様なニーズに応えるため、減学級や統廃合による新たなタイプの学校の開設が行われ、閉校に至った学校もあります。本校も減学級となり、16期生(平成3年度入学生)からは1学年6学級の募集となりました。しかしながら、都内公立中学校卒業者数が増加に転じ、本校も37期生(平成24年度入学生)から1学級増の1学年7学級の募集となりました。
 
 本校の所在するこの地一帯は、戦時中は「陸軍成増飛行場」として使われていました。戦後、その跡地にアメリカ陸軍の駐留軍成増家族宿舎「グラントハイツ」が置かれ、昭和44年には町名が「光が丘」となります。昭和48年にこの地一帯が日本に全面返還され、その後は緑豊かなニュータウンとして、公園、団地の整備が進められました。その中で光丘高校が昭和51年に開校しました。
 
 初代校長、宮澤康造先生は、「信愛、気魄、創造」の標語をかかげ、本校の学びの舎の礎を築かれるとともに、長い将来を見据えた伝統づくりにも着手されました。大規模改修工事を経て、今日に至っています。
 
   
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